第54回講演『光と電子の旅』江馬一弘氏(上智大学教授)

令和7年2月14日(金)、今年度3回目の第54回志龍塾を開催しました。

今回は、本校を1979年(昭和54年)に卒業し(高31回)、現在、上智大学理工学部の教授でいらっしゃる江馬一弘先生を講師としてお招きし、「光と電子の旅:私たちの世界を形作るもの」を演題に御講演いただきました。

江馬先生は、上智大学理工学部の教授として、光物性、光物理学等の光と様々な物質の相互関係について研究されています。

講演では、江馬先生から光や電子に関わる話を、色や波長等の基礎基本的な話からヒッグス粒子等の専門的な話まで、生徒たちが理解できるように分かりやすく説明をしていただきました。

先生は、今回の講演にあたり、「光」が、私たちの命、生活にかかわる大きなテーマであるため、私たちにとって関心の高い「生命、エネルギー問題、環境問題」といった視点から聞いていくことで、何かを考えるきっかけにもなるのではないか、というお考えを持って臨んでおられました。そのため、生徒たちにとっては、将来の進路に関わらず何かの機会に役立てられる知識が得られたのではないかと思います。

また、今回の講演の中では、先生の高校時代の部活動を立ち上げた話や勉強についてのお話などもされ、生徒たちは大変親近感を持ちながら話を聞くことができたのではないかと思います。

今回も、本校を卒業され御活躍されている先輩のお話をうかがい、生徒の将来にとって有意義な知見を得る貴重な機会になりました。

講師プロフィール

江馬 一弘(えま かずひろ)氏

上智大学 理工学部 教授/博士(工学・東京大学)
静岡県出身。本校(高31回)卒業生。

江馬一弘氏は、光物性や光物理学、非線形光学を専門とし、光と物質の相互作用に関する研究を幅広く行う第一人者です。とくに、超短光パルス光源を用いた時間分解分光や非線形分光などの先進的な手法によって、半導体や有機物質、複合材料といった多様な物質系における光学的性質を探求しています。

1980年代には光ファイバーや超短光パルスの研究に従事し、1990年代からは励起子共鳴やコヒーレントフォノン、ポリマーや無機有機複合材料の光特性に注目。2000年代以降は、ナノ構造半導体、光触媒材料、ランダムレージング現象、超分子による分子認識蛍光プローブなど、最先端の物理領域に挑み続けています。

現在は、「光の不思議」を解き明かしながら、エネルギーや環境への応用にも貢献する研究を進めており、太陽電池や発光デバイス、光触媒などの高効率化にもつながる知見を提供しています。

詳しい研究内容や業績については、上智大学理工学部・江馬一弘 教授の公式ページをご参照ください。

教育活動

上智大学では、以下のような講義を通じて物理の魅力と可能性を次世代に伝えています。

  • 学部:電磁気学Ⅱ、物理光学、量子光学
  • 大学院:光物性
  • 全学共通教育:「身近な物理」──日常に潜む物理現象をわかりやすく紹介

研究テーマ(抜粋)

  • 励起子非線形光学
  • 半導体ナノ構造の光物性
  • 光のアンダーソン局在とランダムレージング
  • 無機有機複合型物質・超分子複合体の光学特性
  • 光触媒材料の機能と応用

主なキーワード

光誘起電子移動/超短パルス/自己組織型物質/量子井戸/ハイブリッドペロブスカイト/ナノ構造/非線形光学/光エレクトロニクス

光とは、電磁波の一種で、私たちの目に見える「可視光」をはじめ、赤外線や紫外線なども含む広い現象です。

理工学の分野では、光は「波」としての性質と「粒(光子=フォトン)」としての性質の両方を持つことが知られており、これを「波動と粒子の二重性」と呼びます。

波としての光は、波長や干渉、回折といった現象を示し、色やエネルギーの違いも波長によって説明されます。波長が短い紫外線は日焼けを引き起こし、波長が長い赤外線は暖房に利用されるなど、波長によって光の性質は大きく異なります。

一方、粒としての光子は、光のエネルギーが個々の単位(量子)としてやり取りされることを示しており、光が物質とどのように反応するかを理解する上で重要な概念です。

例えば『二重スリット実験』という有名な実験があります。光を2本の細いスリット(隙間)に向けて照射すると、スクリーン上に波が干渉した縞模様が現れます。また、極めて弱い光を使って、光子が1つずつスリットを通るようにしても同じ干渉縞ができることから、光が「波」と「粒子」両方の性質を同時に持つことが実験的に示されました。

江馬先生の研究では、このような光の性質と物質との相互作用を深く探ることで、太陽電池や光触媒など、光を活用した技術や材料の可能性を広げる試みがなされています。

電子

電子とは、原子を構成する基本的な粒子のひとつで、負の電気を帯びています。電子は非常に小さく、その質量は陽子の約1/1800しかありません。

私たちの身のまわりにあるあらゆる物質の中で、電子は電流を運んだり、光と反応してエネルギーのやり取りをしたりする重要な役割を担っています。

物質が光を受けると、電子は光のエネルギーを吸収して高いエネルギー状態へ移動します。これを「励起(れいき)」と呼びます。この励起が起こると、もともと電子がいた場所に正の電荷を持つ「穴」のような状態、「正孔(せいこう)」が生じます。正孔は、満員の椅子から一人が立ち去った後の空席のような状態です。電子と正孔が引き合いペアになった状態を「励起子(れいきし)」と呼び、エネルギーや電流を運ぶ働きをします。

理工学、とくに光物理学の分野では、このような電子の励起や励起子の形成は重要な研究対象となっており、江馬先生の研究でも、新しい発光材料や高性能な太陽電池の開発に活用されています。例えば太陽電池では励起した電子が電流として取り出され、LEDでは励起子が光として放出されます。

波長

波長とは、波が1回振動する間に進む距離のことで、波の“長さ”を表します。光は波の性質を持っており、この波長によって光の色や性質が決まります。波長が短いと青や紫の光に、波長が長いと赤や赤外線のような光になります。

波長はエネルギーとも深く関係しており、波長が短いほど光のエネルギーは高くなります。紫外線が日焼けを起こすのはエネルギーが高いからです。

私たちの目に見える「可視光」は約380〜750ナノメートルの波長をもつ範囲です。これより短い波長は「紫外線」、長い波長は「赤外線」と呼ばれ、それぞれ日焼けやリモコンの光など、私たちの生活にも関わっています。

理工学や光物理学では、物質が特定の波長の光を吸収・反射・発光する性質を調べることで、その物質の構造や働き方を理解できます。この性質は、太陽電池や蛍光材料、医療用の光診断などに活かされています。

波長周波数光子1個のエネルギー
380-450 nm680-790 THz2.95-3.10 eV
450-485 nm620-680 THz2.64-2.75 eV
水色485-500 nm600-620 THz2.48-2.52 eV
500-565 nm530-600 THz2.25-2.34 eV
黄色565-590 nm510-530 THz2.10-2.17 eV
橙色590-625 nm480-510 THz2.00-2.10 eV
625-780 nm405-480 THz1.65-2.00 eV

励起子(れいきし)

励起子とは、光を受けたときに物質の中で生じる「電子」と「正孔(せいこう)」が引き合ってできるペアのことです。

電子は光によってエネルギーの高い状態(励起状態)に移動することがありますが、このとき、もともと電子がいた場所には「正孔」と呼ばれる“電子が抜けた穴”のような状態ができます(正孔は、電子がいなくなった場所にできる、プラスの電気を帯びた仮想的な粒子と考えると分かりやすいです)。

この電子と正孔は、+と−の電気的な引力によって互いに引き合いながら、物質の中で一体となって存在します。この状態を「励起子」といいます。

励起子には主に2つのタイプがあります。

  • 束縛励起子…電子と正孔が強く結びついて、あまり離れずにとどまっているもの。
  • 自由励起子…結びつきは保ちながらも、ある程度自由に物質中を移動できるもの。

たとえば束縛励起子は、磁石のように強く引き合ってなかなか離れない電子と正孔のペアです。一方、自由励起子は、手を繋ぎつつ自由に動き回れるようなペアです。

この励起子は、光が物質にエネルギーを与えるときに現れる、非常に重要な現象であり、光と物質の相互作用を理解するための基本概念です。

光物性(ひかりぶっせい)

光物性とは、光が物質にあたったときに、物質がどのようなふるまいをするか――つまり「光と物質の関係」に注目して、その性質を調べる分野です。

たとえば、物質がある色の光を吸収したり、逆に発光したり、あるいは光の進む速さや向きを変える(屈折・反射など)といった現象はすべて光物性に関係します。

この分野では、光が物質にエネルギーを与えることで生じる現象(※たとえば、電子が高いエネルギー状態に移る「励起(れいき)」や、強い光によってふるまいが変わる「非線形効果」など)や、その物質がどの波長(色)の光にどのように反応するか(吸収や発光のしやすさ)を詳しく測定・解析します。

「非線形効果」とは、例えば強力なレーザー光を物質に当てると、元の光とは違う色(波長)の光が出てくるなどの、特別な反応を指します。

光物性の理解は、太陽電池、発光ダイオード(LED)、レーザー、光触媒などの開発にも直結しており、「光と物質の相互作用」を研究している研究者たちにとって、中心的なテーマのひとつです。

光物理学(こうぶつりがく)

光物理学とは、光そのものの性質や、光と物質がどのように相互作用するかを、物理の視点から深く探る学問分野です。

光は、波の性質と粒の性質をあわせ持つ「波動と粒子の二重性」という特徴をもっています。光物理学では、こうした光のふるまいを理論と実験の両面から明らかにしながら、物質に吸収されたり、反射されたり、あるいは光を放出する際にどのような物理的なしくみが働いているのかを調べます。

この分野では、時間や空間の中で光がどのように振る舞うか、エネルギーのやり取りがどのように起こるかといったテーマも扱います。たとえば、超高速の光パルスを使って電子の動きを観察する「時間分解分光(※ごく短い時間ごとに物質の変化を測定する技術。超高速(1兆分の1秒以下)で物質の変化を調べています。)」なども、光物理学の重要な技術です。

なお、光物理学と似た分野に「量子光学」がありますが、そちらは光子(こうし)=光の粒のふるまいそのものにより注目し、量子力学的な光の性質を中心に研究します。対して光物理学は、光と物質との関係や、観測される現象のしくみに焦点を当てる傾向があります。

江馬先生の研究では、こうした光と物質の関係をナノスケールや超高速の時間領域で観測し、物質の中で起こる現象を“光で見つける”という方法がとられています。

非線形光学(ひせんけいこうがく)

非線形光学とは、強い光が物質にあたったとき、その反応が単純な比例関係(線形)ではなく、より複雑で特別なふるまいを示す現象や、それを研究する分野のことです。

ふつう、弱い光が物質にあたると、「入ってきた光の強さ」に応じて、反射したり透過したりする度合いも比例して変わります。これが「線形」の反応です。しかし、非常に強いレーザー光などを使うと、物質の中で起こる反応が一気に変化し、新しい色の光が生まれたり(高調波発生)、光の速さや向きが変わったりするようになります。これが非線形光学の世界です。

例えば赤色のレーザーを当てると緑や青の光が新たに生まれる現象(高調波発生)が起こります。

この分野は、光のふるまいが光そのもので変わるというユニークな現象を扱っており、光スイッチ、レーザー通信、超高解像度の顕微鏡技術などの開発に利用されています。

光触媒(ひかりしょくばい)

光触媒とは、光を受けることで化学反応を助ける働きをもつ物質のことです。
ふつうの触媒と同じように、自分自身は変化せず、他の物質どうしが反応するのを助ける役割を持っていますが、光触媒は「光」が当たることでその力を発揮します。

たとえば、太陽光や紫外線をあてることで、空気中の有害物質を分解したり、水をきれいにしたりする反応が進むようになります。例としては、酸化チタンに紫外線が当たると、酸化チタンの中の電子がエネルギーを受け取って高いエネルギー状態(励起状態)になり、同時に正孔が生じます。

この励起された電子や正孔が、空気中の酸素や水と反応して、活性酸素のような反応性の高い物質を作り出します。そして、この活性酸素が細菌や汚れ、有害物質などを分解するのです。

身近な例では、光で汚れを分解する壁材や窓ガラス、抗菌タイルなどに使われており、環境や衛生の分野で注目されています。

江馬先生の研究では、このような光触媒材料の「光学的な性質(どのように光に反応するか)」を調べることで、より効率のよい材料の開発や、環境問題への応用につながる知見が追求されています。

ヒッグス粒子

ヒッグス粒子とは、「ヒッグス場」と呼ばれる見えないエネルギーの場の中に生まれる粒子で、物質に「質量」を与える役割を持つ素粒子です。

1964年に理論的に予言され、2012年にスイス・CERNの大型加速器LHCで観測されたことで理論が実証されました。

もしヒッグス場が存在しなければ、電子などの粒子は質量がなく光のように常に高速で飛び回ってしまい、原子や分子を作ることができず、私たちの体や物質も存在できなかったと考えられています。

ヒッグス粒子の発見は、宇宙の根本的なしくみを理解するための大きな一歩であり、現代物理学の中心的な話題です。

このようにヒッグス粒子は、直接的に光そのものに影響を与えるわけではありません。しかし、光と物質が相互作用する上で非常に重要な役割を担っている「電子」などの素粒子に質量を与えているという点で、間接的に光の振る舞いや、光と物質の関わりに影響を与えていると言えます。

もしヒッグス粒子が存在せず、電子が質量を持たなかったとしたら、電子は光速で飛び回り、原子に留まることができません。その結果、原子や分子といった物質が現在のような形では存在しなかったと考えられています。もし物質が存在しなければ、光が吸収されたり、反射されたり、発光したりといった、私たちが普段目にしている光と物質の相互作用も起こりえなかったでしょう。

ヒッグス粒子の発見は、宇宙の根源的な仕組みを理解する上で重要なだけでなく、私たちが光を通して物質を理解する上でも、間接的ながらも深い関わりを持っているのです。

志龍塾と韮山高校について

志龍塾は、静岡県立韮山高等学校において、在校生が人生や社会との関わりを深く学ぶ機会として設けられている特別講演シリーズです。

各界で活躍する講師をお招きし、「これからの時代をどう生きるか」「自らの志をどう形にしていくか」といったテーマに触れることで、生徒一人ひとりが自らの将来に向けて考えを深める場となっています。

本講演(第54回)は、そうした志龍塾の活動の一環として、韮山高校の教育理念と地域・卒業生とのつながりの中で実現されたものです。

志龍塾の詳細については、志龍塾とは のページをご覧ください。
韮山高校の学校紹介は、静岡県立韮山高等学校 公式サイト をご参照ください。